将来の不安を考えないことの大切さ

現代社会は人生に憤りを感じている人が非常に多い。

朝の通勤ラッシュを見渡せば、しかめっ面を浮かべている人ばかりだ。

どうしてこんなにも毎日が息苦しいのだろう……。

その原因は一体何なのか。

多くの人がそのことを疑問に思っても、すぐに頭の片隅へ追いやってしまう。

かくいう私自身も、ずっとその答えが見つからなかった。

しかし最近になって、ようやくその答えを見つけることができた。

ずばり、それは将来への不安からくる焦りだ。

この将来の不安が、私達の人生にどれほどの影響を与えているのか。

今回はそのことをテーマにしつつ、人生に息詰まっている人へ、もっと楽に生きられる方法を伝授したい。

スポンサーリンク

人間は将来へ不安を感じる生き物

人生を楽に生きるためにはどうすれば良いのか。

その方法は至極簡単だ。

これを行えば、毎日の憂鬱な気分から解放され、永遠に悩みとは無縁の人生を送れるだろう。

それは、将来のことを何も考えないことだ。

一体何を言ってるんだ……。

思わずそう聞こえてきそうだが、私は決してふざけて言っているわけではない。

この「何も考えない」という行動は、人生を楽にするために、非常に重要な意味を持っている。

実のところ、私達の悩みというのは、誰もが同じようなことで悩んでいる。

家族、友情、恋愛、金、趣味、健康、仕事。

細かく分ければまだあるが、大別すれば、このどれかに必ず当てはまる。

そして、これらのどの悩みにも共通することが、未来に焦点を当てていることだ。

このまま結婚できずに生涯独身だったらどうしよう……。

いまの貯金で老後は凌げるのだろうか……。

この仕事を続けてて将来は大丈夫なんだろうか……。

このように、多くの悩みの根源は、まだ見えぬ将来への恐怖心からきているのだ。

実は、将来のことに不安を持つことには、れっきとした理由がある。

人間の脳は、何もしなければ無意識にネガティブなことばかり考えてしまう性質があるためだ。

これは古代より備わっている人間の防衛本能で、過酷な大自然で生き延びるためには、常に危機を持つ必要があったからだろう。

この防衛本能があるからこそ、私たち人間は、今日まで生きてこられたといっても過言ではない。

しかし、本能であるがゆえに「何も考えない」ということは非常に難しい。

試しに5分間、意識せずに何も考えないことを実践してもらいたい。

恐らく、大半の人は1分も持たずに別のことが頭によぎるはずだ。

長年修行を積んだ僧侶でさえ、気を抜けば、すぐに煩悩が浮かんでしまうというのだから無理もない。

それほどまでに、この「何も考えない」という行動は、私たち人間にとっては難しいことなのだ。

しかし、逆にいえば、これさえ習得できれば、人生のあらゆることがプラスに働くことは間違いない。

次項では、いかに将来に対する不安があなたの人生の足かせになっているか、そのことを私の体験談をもとに説いていく。

将来の不安にとらわれることのマイナス要素

前述したように、将来に不安を持つことは人間の本能であるため、仕方のないことだ。

どんなにポジティブな人間でも、多かれ少なかれ将来に不安を抱えて生きている。

かくいう私も、将来の不安ばかりにとらわれてきた。

自分でいうのもなんだが、その心配性の度合いは常軌を逸しているように思う。

しかし、だからこそ断言できることがある。

将来の不安を考えても何も良いことはない、と。

これは私が今まで生きてきた中で得た教訓の一つだ。

心配性の私は、幼い頃から将来のことばかりを考えていた。

まだ小学生のうちから、大学はどこにするか、就職先はどこにするか、○歳では何をするか、など先のことばかりにとらわれていた。

その未来像は、いずれも【良い大学、良い会社に入ることへの幻想】で述べたようなステレオタイプのものばかりだ。

一見すれば、早いうちから先のことを考えて行動することは良いように思える。

しかし、それは自分が本当になりたいと思う未来への前向きな動機付けの時だけだ。

私は違った。

私の動機付けは、全てが未来への恐怖心からくる後ろ向きなものだった。

まだ社会というものを知らないくせに、漠然と将来設計を立てていなければ、大変なことになる気がしていたのだ。

そのため、自分が何をしたいかを考えることよりも、何をすることが人生の最善かを考えていた。

その結果どうなったか。

【決断力を磨くことの「重要性」と決断力を「鍛える方法」】でも語ったように、私の人生は、すでに高校時代から想定していたものとは違う道を歩むことになる。

その後の大学、新卒で入社した就職先のいずれも想定外のものだった。

結局、私のこれまでの人生は、何一つとしてあの頃考えていたものと異なっている。

この原因は何なのか。

少し前の自分なら、それは単に自分の努力が足りなかったからだと考えていただろう。

しかし、今ならハッキリとその答えがわかる。

それは将来の不安ばかりにとらわれていからだ。

将来の不安に駆られてばかりの私は、今を犠牲にした行動ばかりをしていた。

今を我慢すれば、この先はきっと楽になるに違いない。

全ての行動の根源はこの思考だった。

例えば、勉強にしても、漠然とした不安から勉強をしなければいけないと思っていても、その勉強自体には意味を見出せなかった。

このような思考では、結局のところ長続きすることはない。

それもそのはず……行動の基準がはるか未来になっているのだから。

どんなに頑張っても、その行動の意味を実感できなければ、絶対にモチベーションは続かない。

その行動が後ろ向きな動機付けなら尚更のことだろう。

本当はそうではなく、もっと「今」に焦点を当てるべきだったのだ。

人生で一番大事なのは、過去でも未来でもなく「今」なのだから。

たしかに、将来のために頑張ることは悪いことではない。

しかし、それは自分が今やりたいと思うことが大前提だ。

今を犠牲にして、ただ将来のためだけに我慢することに何の価値もない。

私はそのことをわかっていなかった……。

そのために貴重な学生生活を犠牲にしてしまったのだ。

その根本たる原因は、やはり「将来に対する不安」ばかりにとらわれていたからだ。

自分ではどうすることもできないことへの不安は無意味

過去の私のように、将来の不安ばかりにとらわれている人は数多く存在する。

将来に対するアンケート調査では、どのアンケートでも半数以上の人が「将来に不安がある」と回答している。

これだけ多くの人が将来に不安を持っていることを考えると、もはや社会問題といっても過言ではない。

ただし、その不安が、自分の行動範囲だけに留まっていればマシな方だ。

中には、自分ではどうすることができないことにまで過度な不安を持つ者も存在する。

私もその中の一人だった。

2011年3月11日、日本を大混乱に陥れた東日本大震災。

あの一件で、多くの日本人が地震というものに恐怖を感じた。

あの時のことは今でも覚えている。

私の住居は被災地と離れているが、それでも未だかつてないほどの揺れを感じた。

しばらくの間はニュースから目を離せず、テレビの前から離れられないほどだった。

さらに私の恐怖心を煽るように、メディアは「1年以内に都市部に大地震がくる確立は70%」だと報道した。

これを見た瞬間、私の頭は真っ白になった。

どうしよう、どうしよう……。

その言葉だけが、ひたすら頭の中で繰り返される。

毎日毎日、今日地震がくるかもしれないと思うと恐怖で気が狂いそうだった。

それからの半年間、私は恐怖心から何も手がつかなくなってしまった。

仕事も辞め、途中まで手をつけていた資格試験の勉強もやめ、ただ布団に潜る毎日。

だが結局、1年過ぎてもメディアが言う大地震はこなかった。

もちろん地震がこなかったことは喜ばしいことだ。

「備えあれば憂いなし」という言葉があるように、地震が来た時を想定して過剰に報道することは、必要なことだったのかもしれない。

しかし、私がただ無気力に引きこもっていた時間は永遠に戻らない……。

私はその時ふと思ったのだ。

自分ではどうすることもできないことに不安を持つことはなんて無意味なんだ」と。

結局、私は結果的に無意味な時間を浪費しただけとなった。

もし、今も私と同じように不安で何も行動できない人がいるとしたら、私はこの言葉を伝えたい。

将来に不安を持つことは非常にもったいない、と。

私の事例では地震だったが、これは景気、経済、政治、未来など、全てに当てはまる。

あなたが不安に思っていても、世界は何も変わらないし、ただ時間だけが過ぎていくだけだ。

将来の不安のために、今やりたいことをやらないことは本当にもったいない。

私と同じ過ちを犯さないためにも、そのことだけはくれぐれも肝に銘じてもらいたい。

将来の不安を考えない方法

ここまで「将来に不安を持つこと」がどれだけ人生においてマイナスになるかを話してきた。

私の実体験からもわかるように、将来に不安を持つことは何の生産性もない。

これを解消するためには、冒頭で述べたように「何も考えない力」を養うしかない。

しかし、これには人間の本能が関わっているため、意識して行わなければ到底無理だ。

そのポイントは二つ。

一つは心の中で「不安」が膨らんでいくことをイメージすること。

不安な気持ちを物に例え、それをなるべく小さい時に処理することをイメージしてもらいたい。

それを何度も繰り返していくうちに、自然と「将来の不安を考えない」癖がついてくる。

私の場合は、坂道の上から雪玉(不安の種)が転がっていき、だんだんとその雪玉が大きくなることをイメージしている。

悩みが大きくなる前に、シャベルで雪玉(不安の種)を粉々に粉砕するのだ。

私自身もまだ完璧とはいえないが、これを意識して行うことによって、以前より大分将来への不安を感じなくなった。

そして、もう一つ。

それは目先のことに集中することだ。

私のように将来のことばかりにとらわれるのではなく、今やるべきことにのみ集中するのだ。

未来がどうなるかは誰にもわからない。

だからこそ、自分でやるべきことをやったら後は成り行きに任せる。

この精神が大事だ。

【運命は決まっている】でも話したように、もしかしたら、あなたの未来はすでに決められているかもしれないのだから。

だからこそ必要以上に将来に不安を抱かずに、自分の本心と向き合ってもらいたい。

将来の不安のために、今の気持ちに嘘をつくことだけは絶対に避けるべきだ。

過度な将来への不安は行動意欲を失わせ、あなたの可能性を閉ざすことに繋がりかねない。

どうかくれぐれも将来の不安に惑わされずに、自分の信じた道を進んでほしい。

それがあなたの幸せになれる一番の近道なのだから。

スポンサーリンク

シェアする

フォローする

スポンサーリンク