本田圭佑のtwitter発言に垣間見える「自己責任論」の危険性

2017年5月30日、サッカー日本代表「本田圭佑」のtwitter発言が注目を集めている。

内容は、yahooニュースで取り上げられた「若い世代の自○問題」についてのものだ。

この記事に対して、彼は以下のようにつぶやいている。(以下原文)

他人のせいにするな!政治のせいにするな!!生きてることに感謝し、両親に感謝しないといけない。今やってることが嫌ならやめればいいから。成功に囚われるな!成長に囚われろ!!

とてもサッカー選手がする発言とは思えず、私は最初、本当に彼の発言なのか信じられなかった。

一瞬、偽者の「なりすまし」ではないかと疑ったほどだ。

しかし、どうやらこのアカウントは彼の公式メルマガがフォローしているらしく、本人で間違いないらしい。

そこで今回は、彼の発言について、私なりに思うことを述べることにする。

※記事内の過激な単語は誤解を招くため一部伏字にしております。

正直に言って、今回の彼の発言には失望した。

ワールドカップ予選を控えたこの時期に、彼が何故このような発言をしたのか理解できない。

将来、政治家でも目指しているのだろうか……。

まず、私が一番許せないのが、この発言がどれだけ多くの人に影響をもたらしたのかを彼が自覚していないことだ。

もちろん、個人の思想に文句を言う権利は誰にもない。

彼がどのように考えていても、それは本人の自由だ。

しかし、それを有名人が公表することは、一般人が気軽に公表することとはワケが違う。

彼は日本を代表するサッカー選手であり、知名度でいえば間違いなく日本でも指折りだろう。

プレーだけでなく、ビックマウスと呼ばれる大胆な発言で常にサッカー界を賑わせてきた。

そんな彼に憧れを抱くファンは多い。

だからこそ恐いのが、彼が言うことを真に受ける人が大勢出ることである。

実際、ネットの意見を見ると、今回の彼の意見を「正論だ」と唱えている人を多数見かける。

元々そういう考えの人が便乗しているならいいが、私にはどうしてもそうは思えなかった。

「本田が言うのだから間違いない」といった具合に、彼の発言にただ流されているだけの気がしてならないのだ。

もちろん、これが食べ物の好き嫌いについてなど、他愛のない話題なら何も問題はない。

しかし、今回の彼が取り上げた内容はに関わる問題であり、有名人が軽々しく個人の主義を述べていい問題ではない。

実際、本当に「自○したいほど苦しんでいる人」は、彼の発言を見てどう思っただろうか。

私は、間違いなく励まされることはないと思っている。

何故なら、彼の発言からは「気持ちの持ちようでどうにでもなる」という根性論が透けて見えるからだ。

だが、本当に「自○を考えている人」には、もはや根性論など通じる段階ではない。

それは病気や金銭のことなど、理由は人によって様々だが、いずれも当人にとっては命を投げ出したいと思うほど辛いものだ。

にも関わらず、彼は自○の理由を精神的な弱さだと決めつけているように思えてしまう。

私は、彼には「自○する人々」の気持ちを理解できていないと感じた。

根底にあるのは精神力。

これが本田圭佑の信条なのだろう。

恐らく、そうなったのは彼の人生観のためだ。

日本代表を牽引し、今ではサッカーファンなら誰もが知っているビッククラブ「ACミラン」の10番をつける彼だが、その道のりまでには多くの苦難を味わってきたはずだ。

実際、私はロシア時代の彼のドキュメンタリー番組を見たことがあるが、表向きの印象とは違い、裏ではとても苦労しているように感じた。

きっと彼自身も、何度も心が折れるほどの挫折を味わってきたのだろう。

そんな人生を歩んできたからこそ、自ら命を落とす人達が許せないのだと思う。

それは「簡単に命を投げ出して欲しくない」という彼なりのメッセージなのかもしれない。

しかし、私から言わせれば、それは浅はかな考えだ

「自分も乗り越えられたから他の人にもできる」という考えは、あまりにも短絡的すぎる。

人は生まれながらにして不平等なのだから。

本田圭佑のように、逆境をバネにモチベーションを上げるタイプもいれば、逆に押し潰されてしまう人もいる。

物事の「捉え方」「感じ方」「耐性」、それらはもはや生まれ持っての性質と言っていいだろう。

何もしなければ生涯変わることはない。

もちろん、意識すれば変えることはできる。

しかし、そのためにはきっかけが必要であり、それに出会えるかどうかは結局のところなのである。

私は、成功者が自分の成功論を盾に取り、他人を咎めることは絶対にしてはいけないことだと思っている。

皆、成功者の意見には簡単に耳を傾ける。

しかし、本当に大事なのは、現在「苦労している人達」の声のはずだ。

私が本田圭佑の発言で、もう一つ恐ろしいと感じたのが、この「苦労している人達」を追い詰める結果に繋がるからである。

彼は自○することを「政治のせいにするな」と発言している。

これは、裏を返せば「責任は全て自分にある」と言っているようなものだ。

私は、この自己責任論は非常に危険だと思っている。

前述したように、人は生まれながらにして性質が違うし、自分ではどうにもできないことは確実に存在する。

今回の「若者の自○問題」については、国際的に比較しても日本の数値は明らかに他国より高いのだ。

これは社会に問題があるという紛れもない証拠ではないだろうか。

日本は民主主義であり、間違っている社会制度は変えていくことが正しい国の在り方のはずである。

しかし、本田圭佑の発言には、全ての社会問題を「自己責任」にすりかえる危険性を潜んでいる。

これでは、間違った社会制度のせいで苦しめられている人達は、余計に追い込まれるだけだ。

「政治のせいにすること」と「政治の問題を見直す」ことは明らかに別である。

どうか、これを読んでいる人は、そのことを誤解しないでもらいたい。

以上のことから、私は今回の本田圭佑の発言には大々的に否定的である。

彼はtwitter上で「自分なりの価値観や哲学を共有したい」とつぶやいていることから、今後もこのような発言が繰り返されることが予想される。

しかし、私はそれは辞めた方がいいと思っている。

そもそも、誰も本田圭佑にこんなことは求めていないはずだ。

今、彼がすることは、twitterで自分の思想を述べることではなく、日本をワールドカップに導くことだろう。

正直に言って、こんなことをしていて本当に大丈夫なのだろうかと不安になってくる。

もし、どうしてもやりたいというのなら、現役を引退した後に政治運動家にでもなって思う存分やればいい。

少なくとも、現役のうちはサッカーだけに専念してもらいたい。

そして願わくば、これ以上多くのファンに間違った思想観念を植えつけないでもらいたい……。

twitterで個人の思想を訴えるのではなく、彼にはサッカーを通してファンに訴えかけてもらいたい。

それが一サッカーファンとしての願いだ。

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