人生に絶望して疲れた……。
この気持ちは、希望を失った時に陥る心理状態である。
絶望すると、人は生きる気力さえも失ってしまう。
私は、この絶望を10代後半~20代前半で味わった。
あの時は、本気で人生を終わらせようと思ったほどだ。
しかし、私は今もこうして生きている。
その過程には一体何があったのか。
今回は、過去の私の心境を振り返り、今も人生に絶望してる人へ、絶望から抜け出す方法を伝えたい。
絶望すると人はどうなるのか
絶望から抜け出す方法を話す前に、まずは絶望すると人はどうなるのかを説明したい。
よく混同されがちだが、「人生が辛い」と「人生に絶望している」では、似ているようでその性質が全く違う。
「人生が辛い」と感じるうちは、精神的に疲労こそしているものの、自分の心境を客観視できているので、まだ正常の範囲だ。
しかし、本当に「絶望」してしまうと、もう何も感じなくなってしまうのである。
感覚としては、喜怒哀楽のない「無」といった感じだ。
私は18歳頃にこの感覚に陥った。
当時、重度の強迫性障害を患い高校を中退し、そのあと追い打ちをかけるように飛蚊症になってしまった。
大学受験も控えていたが、とても勉強などできるわけもなく、そのまま毎日寝たきりの引きこもり生活を数年間続けるようになる。
同年代が青春を謳歌している中、自分だけが取り残されている気がして、どんどんと気分が沈んでいった。
やがて心が無になり、何も感じなくなってしまった。
好きなゲームをしている時も、美味しい食べ物を食べても、一向に心が晴れない。
今思えば、あの頃はウツも入っていたのかもしれない。
だが、そんな絶望な状況からでも、復活することはできるのだ。
今、現在進行形で人生に絶望してる人は、必ず絶望から抜け出せる、ということを信じてもらいたい。
では、以下に絶望から抜け出す方法を述べていく。
絶望した時に最初にやるべきこと
絶望から抜け出すためには、まず始めにやらなければいけないことがある。
これをしなければ絶対に絶望から立ち直ることはできない。
それは、思いっきり心を休めることだ。
前述したように、私は絶望していた当時、寝たきりの生活を続けていた。
毎日誰とも会話することなく、ただひたらすらに眠り続ける。
端から見れば不健全極まりない生活だが、これこそが絶望から抜け出すために最も必要なことなのである。
絶望してる時は、無理に動いてはいけない。
絶望はエネルギーを負の方向に働かせる力があり、あがけばあがくほど余計に気持ちは沈んでいってしまう。
まずは、この状態をリセットする必要がある。
そのために大事なことが、絶対に自分を責めないことだ。
絶望してる時は、「自分はなんてダメな人間なんだ」「周りに迷惑を掛けて申し訳ない」など、自分で自分を責め続けてしまう。
しかし、これは絶望してる時に最もしてはいけないことだ。
自分を責め続ける限り、絶望から抜け出すことは絶対にできない。
絶望は自分でコントロールできるものではなく、突発的に起こるもの。
どんなに精神的に強い人でも、何かのスイッチで絶望に陥ることはある。
今まで頑張ってきた人ほど、絶望した時の反動は高いものだ。
絶望から抜け出したいと思うなら、まずは自分を責めずに思う存分心を休めること。
ただひたらすらに眠るのでもいいし、現実を忘れるくらい好きなゲームや読書に明け暮れてもいい。
その結果、たとえ友達や家族に迷惑を掛けることになってもだ。
今優先すべきことは何よりも自分自身を回復させること。
それ以外のことは何も考えてはいけない。
もし、どうしても周りに迷惑を掛けて申し訳ないと思うなら、絶望から抜け出した後に思う存分償えばいい。
その方が相手も本当の意味で許してくれる。
それまでは、一度全てを手放すつもりで思いっきり心を休ませる。
そうすれば、必ず心は回復に向かっていく。
その時間がどれくらい掛かるかはわからない。
人によっては数年単位になるかもしれない。
だが、そこで焦ってはいけない。
自分から「何かをしたい」と思える時まで、絶対に動いてはダメだ。
これが絶望から抜け出すために最初にやらなければいけないことである。
自分のメンターを見つける大切さ
思いっきり休んで、ある程度沈んだ気持ちが薄まってきたと感じたら、回復の兆候である。
だが、注意してもらいたいのは、この段階ではまだ完全には絶望から抜け出していないということ。
よくある失敗は、この状態が「絶望から抜け出した」と勘違いしてしまうことだ。
この状態はあくまでマイナスがリセットされただけであり、まだ完全に絶望から抜け出したとはいえない。
心を休めるだけではマイナスを取り払うことはできても、生きる活力を見出すことはできないのだ。
そのままの状態では、すぐにまた絶望の状態に戻りかねない。
完全に絶望から抜け出すためには、明日への希望を見出す必要がある。
そこで重要なのが「メンター」の存在だ。
メンターとは、あなたの心の支えになってくれる人のこと。
いうなれば、あなたの人生において、活力の源になる存在である。
あなたが悩み苦しんでいる時でも、メンターがいればあなたは前を向いて歩くことができる。
どんな時でも、メンターがあなたの心を支えてくれるのだ。
そういう人を見つけることができれば、おのずと人生に希望が沸いてくる。
メンターは実際の知り合いである必要はない。
一度も会ったことのない著名人でも、あなたの心を揺さぶるのなら、それは立派なメンターだ。
世界には様々な人がいる。
身近にはメンターとなる存在がいなくても、ネットを活用すれば必ずあなたのメンターとなる存在は見つかるはずだ。
例えば、「日本一有名なニート」の肩書きを持つpha氏は、全国の社会不適合者に多大な影響を与えている。
自称ダメ人間の元ニートでありながら、そのことに劣等感を持つことなく、いかに自分らしく生きるかを人生のテーマとしている人だ。
私も彼の著書である「ニートの歩き方」を最初に読んだ時は、物凄い衝撃を受けた。
そんな彼の生き方に憧れ、彼をメンターにしている人もきっと多いだろう。
どんな立場の人間でも、あなたと同じ価値観を持つ人は必ず存在する。
自分の目標とするメンターを見つけ、そこから「自分を受け入れること」の大切さを学んでもらいたい。
それが本当の意味で絶望から抜け出すということである。
人生に絶望して疲れた人へ
ここまで絶望から抜け出す方法を話してきたが、恐らく、今も絶望している人にとってはあまり響かなかったかもしれない。
私自身も、今だからこそ客観的に当時を振り返ることができるが、絶望している最中にはなかなか気づけないものだ。
だが、そんな人にもこれだけは約束してもらいたい。
生きることを放棄しない、と。
絶望してる時は、出口のない迷路をさまようように、ひたすらに無気力が続くものだ。
明日への希望を見出せず、時には命を投げ出したい、と思うこともあるだろう。
その気持ちは充分にわかる。
過去の私もそうだったから。
しかし、それでも私はあなたに生きることを強要する。
生きていれば、必ず状況は変わってくる。
今の絶望状態が永遠に続くことはありえない。
今はまだそれが信じられないかもしれないが、いつか必ず希望は訪れる。
それまでは、無理に立ち直ろうとしなくていい。
あなたは生きてるだけで充分に務めを果たしているのだから。
よく考えて欲しい。
「人生が楽しい」と感じてる人が、生きることは簡単なのだ。
しかし、人生に絶望してる人が生きていくことは、それだけで普通の人よりも労力を伴うのである。
そんな状況でも「生きている」あなたは、それだけで凄いことだ。
どうか、もっと自分を誇ってもらいたい。
そして、いつか絶望から抜け出した時には、その思いを忘れずに、今後の人生に活かして欲しい。
「あの頃があったから、今の幸せがある」
そんな風に思える人生にしてもらいたい。
絶望の先には必ず輝かしい未来が待っている。
そのことを信じて、あなたが自分の人生を全うしてくれることを私は願っている。