藤井聡太はこの世に「天才」がいることの証明である

現在、世間では空前の将棋ブームが巻き起こっている。

それを引き起こしたのは、紛れもなく藤井聡太四段だろう。

デビューしてから一度も負けずに「29連勝」という快挙を成し遂げ、日本将棋界に新たな歴史を刻んだ。

残念ながら30連勝には届かなかったが、それでもその偉大さは変わらない。

驚きなのは、彼がまだ14歳(2017年現在)であるということだ。

この記録だけでも驚くことだが、それを中学生が成し遂げるということは世間が思っている以上に凄いことである。

それはまさに神がかりと言ってもいい。

そんな彼を見て、私はあることを確信した。

この世に天才は確実に存在するのだと。

藤井聡太は紛れもない天才である。

そう断言できるのも、先日私が彼の対局をリアルタイムで観戦したからだ。

観戦したきっかけはたまたまなのだが、ふと「ニコニコ生放送」を開くと、丁度藤井聡太四段の対局が行われていた。

私の将棋への関心度といえば、ルールを知っている程度であり、普段なら対局を見ようとは思わなかっただろう。

しかし、これだけ毎日のように「藤井聡太」という名前を耳にすると、その実力がどれほどのものなのか気になり、軽い気持ちで見てみたのだ。

今回の彼の対局相手は「中田功」七段(49歳)

表記からもわかる通り、相手は段位、経験共に格上の存在である。

先に結果を言うと、彼はこの相手に勝った。

連勝が途切れた後の対局ということで、多少なりとも気持ちに影響が出るのは普通だが、それを感じさせずに勝利を収めるのはさすがとしか言いようがない。

だが、もちろん私が彼を天才だと断定するのはこれが理由ではない。

では、その理由を説明していく。

まず、今回のニコニコ生放送では、観戦者のために「将棋ソフト」が起用されていて、どちらが優勢なのかがグラフで一目でわかるようになっていた。

私が見始めたのは21時頃だったので、すでに試合経過から10時間以上経過していることになる。

にも関わらず、そのグラフはほぼ均等だった。

つまり、この時間まで両者はミスもなく互角だったということである。

解説者も言っていたが、この時間でこのグラフは本当に異例とのことだ。

そこで私がまず藤井聡太四段に着目したのが、この「精神力」である。

私は今回、生まれて初めて将棋の対局を観戦した。

そこで思ったことが、将棋とは物凄く「間」が長いということ。

お互いが一手を打つまでの時間が本当に長い。

もちろん、これには理由があって、両者が頭の中で先の展開を読み合っているからである。

将棋とは一手の重みが非常に強く、たった一手の違いで勝敗を分けることもある。

なので、プロ同士が戦えば試合が長引くのは当然のこと。

しかし、素人にはこの間は本当に苦痛である。

私は「ニコニコ生放送」で見ていたので、他の人のコメントを見たり、解説者の意見を聞けたりできた分まだマシだが、もしこれが何もない状態だったらどうなるだろうか。

恐らく1時間も耐えられないだろう。

静まり返った部屋で自分の「持ち時間」を気にしつつ、先の展開を読み続ける。

想像しただけでも気が滅入りそうだ。

しかも、それだけの労力や気力を使っても、勝つのはどちらか一人だけである。

負けた方の心情を想像すると、その落胆さは計り知れない……。

プロなら当然なのかもしれないが、並の人間ならこんなことを続けてはいられないだろう。

そんな苦境を、藤井聡太四段は「29回」もけて勝利しているのである。

最初はルーキーということで気兼ねなく試合に挑めたかもしれないが、連勝を重ねるごとにマスコミや世間からの注目も集まる。

そのプレッシャーを跳ねのけ、彼は見事に29連勝という記録を成し遂げた。

そう、つまり藤井聡太四段はただ将棋の実力があるだけではなく、この類いまれない「精神力」があってこその強さなのだ。

さらに、冒頭でも述べたが、彼はまだ14歳の中学生だ。

これだけ強靭な精神力を持つ14歳が世界に一体どれだけいるだろうか。

恐らく、何十万人に一人、いや、何百万人に一人の確率かもしれない……。

少なくとも、私が14歳の頃は相手が「大人」というだけで緊張して、とても対等になど戦えなかった。

だが彼の将棋は、素人の私が見てもハッキリと強気に攻めているのがわかる。

特に圧巻だったのは、最後の詰め将棋の時に、解説者が予想もしていないところに打ったことだ。

観戦者も含め、その場の誰もが藤井聡太四段の展開を予測できなかった。

まさに、彼がその場を支配していた証明だ。

14歳でこれだけの「精神力」と「実力」を兼ね揃えられるのは「天才」としか言いようがない。

むしろ、彼を天才と呼ばなければ、同年代の他の棋士達が可哀想だ。

彼の将棋センスは、もはや訓練で鍛えられるレベルではないのだから。

【天才は自分が天才であることを認めるべき】でも話したが、天才が謙虚な姿勢を出すことは、時に凡人を傷つけることにも繋がってしまう。

だからこそ、マスコミは彼のことを、間違っても「努力家」などという風に仕立て上げないでもらいたい。

彼は間違いなく「天」から「才」を授かった人間なのだから。

もっと堂々と藤井聡太四段は「天才」だということを世に知らしめて欲しい。

ただ、それに伴い、私は一つ懸念していることがある。

それは彼の進路についてだ。

彼は中学生なので、本来なら「高校」に進学するのが一般的である。

だが、私はその必要はないと思っている。

これだけ自分の「進む道」がハッキリとわかっている人間が、寄り道などする必要はないからだ。

元々「高校」「大学」は、「自分の進むべき道がわからない人間」が将来の可能性を広げるために行く場所である。

いうなれば、凡人のための救済処置だ。

藤井聡太四段のように、すでに自分で「生きる力」を持っている人間が行くべき場所ではない。

もちろん、本人が高校進学を希望しているのなら話は別だが、彼は自分でも「学校には行きたくない」と公言している。

ならば尚更行く必要などない。

しかし、どうも彼の母親はそれを望んではいないようだ。

世間からすれば「将棋の天才」でも、母親からすれば「ただの子供」に見えるのだろう。

「同年代の子達と同じように、高校くらいは行ってほしい」と願うのは、親心なのかもしれない。

だが、それは間違っている。

藤井聡太を普通の中学生だと思ってはいけない。

前述したように、天才と凡人とでは全くの別人種なのだから。

天才はその「才能」を世に放ち、活かすことこそが使命だ。

もし彼が高校に行って、将棋の力量に影響が出るようなことがあれば、それこそ母親の大罪である。

どうか世間の同調圧力に流され、彼の才能を潰すような真似だけはしないでもらいたい。

彼にはその才能を思う存分発揮し、将棋の道をひたすらに突き進んでもらいたい。

そのことを、彼の周囲の人間が理解してくれることを私は願っている。

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