あだち充作品の魅力について

最近、あだち充の『H2』を再読して、私は彼の作風が好きなのだと改めて自覚した。

彼の作品を読んだ後は、透き通った人間の心に触れたような、そんな満足感を得られる。

恐らく、多くの人が彼の作品で最初に思い浮かべるのは『タッチ』だろう。

この作品からもわかるように、彼の作品は野球を題材にしているものが多い。

そのため、あだち充作品にあまり触れたことがない人にとっては、彼の作品を単なる野球マンガとして捉えてしまうようだ。

だが、それは間違いである。

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あだち充作品の魅力は心理描写にある

ファンの方ならお気づきだろうが、彼の作品においての野球要素は単なる物語の題材にしか過ぎない。

言葉は悪いが、オマケといっても過言ではない。

本格的な野球マンガだけでいえば、面白い作品は他にも山ほどある。

しかし、野球を一つのモチーフとして、人間の揺れ動く感情を表現するという部分では、彼の作品は群を抜いていると思う。

その例を出そう。(心理描写の解説になるため、若干のネタバレを含んでいるので注意してもらいたい)

H2の最終巻、比呂と英雄の最終打席のシーンだ。

あのシーンで、比呂は一度、自分の渾身のストレートを英雄に完璧に打たれてしまう。

だが上空の風のおかげで、ボールはファール側に切れ、なんとか難を逃れることになった。

比呂が上空を見上げると、それを見越したかのように風はピタリとおさまる。

まるで天が比呂を勝たせたがっているように……。

しかし、当の本人である比呂の口から出た言葉は

「ちくしょう……どうしても俺に勝てって……か」

まるで本当は打たれたかったような口ぶりだ。

そう、この時の比呂は、本当は英雄に打たれたかったのだ。

この心理の前提には、ヒロインである「ひかり」が関わっている。

「もう一度ちゃんと選ばせてやる」という英雄の言葉を皮切りに、この勝負に勝った方が、ひかりを手に入れることができる、という取り決めがされていた。

比呂にとっては、初恋の相手を英雄から奪い取る絶好のチャンスである。

それなのに何故、比呂は英雄に打たれたかったのか。

それは、比呂の内心では「ひかりは勝負に関係なく英雄を選ぶ」ことに気づいているからだ。

だからこそ英雄に打たれることで、ひかりを手に入れられなかったのは勝負に負けたからだと納得したかった。

しかし、英雄との勝負に勝ってしまえば、自分が失恋した現実を否応にも突き詰められることになる。

その葛藤の末、比呂はようやく一つの答えに辿りつく。

「それだよ英雄。忘れるな。その融通の利かねぇバカ正直さに雨宮ひかりは惚れたんだ」

比呂は自分の気持ちに区切りをつけ、最後の一球を投げる直前に失恋を受け入れたのだ。

これが英雄を三振に打ち取った後も、喜びの涙ではなく、悲しみの涙を流した理由である。

私は、この比呂の心境を初めて感じ取った時、心底震え上がった。

このような比呂の複雑な心境を、あの1シーンだけで、しかも絵で表現している。

これは「人間の心理」に対する並大抵の洞察力想像力がなければできない芸当だ。

私は、あだち充の作品の最大の魅力は、人の心が揺れ動いている姿を絵で表現できることだと思っている。

その表現はメインキャラだけに留まらず、脇役にまで及んでいることがさらに凄い。

中には一話しか出てこず、そこまで深く描かなくてもいいのではないか、と思うキャラにまで追求されている。

だからこそ、あだち充の作品に出てくるキャラは、誰一人として嫌な感じがしないのだろう。

まさに心理描写を絵で表現することにかけては、日本でトップクラスだ。

【「世の中には二種類の人間がいる」の二種類とは何か】でも話したが、世の中には「繊細な人間」と「鈍感な人間」がいる。

彼は間違いなく繊細な人間であるが、その中でも飛び抜けた繊細な心を持っている人間だと思う。

そうでなければ、ここまで巧みな心理描写ができるはずがない。

その心理描写に魅かれた者達が、彼のファンになっていくのだろう。

今後、いくつ時代を重ねても、彼の作品は色あせることがない。

繊細な人間がいる限り、これからもあだち充の作品は永遠に愛され続けるはずだ。

あだち充の漫画に対する信念

余談だが、『タッチ』のタイトルの意味をご存知だろうか。

私は最初、主人公の達也から取ったネーミングだと思っていたのだが、最近になってようやく本当の意味を知った。

その由来は「バトンタッチ」からきていたのだ。

つまり、あだち充はタッチ連載当初から、和也が消えることを想定して物語を作っていたことになる。

当時、和也がいなくなることについては、編集側から猛反発されたようだ。

しかし、それでも自分の作った構成を押し通すために、あだち充は原稿だけ残して雲隠れしたというのだ。

この話からもわかるように、彼の作品作りに対する情熱は半端なものではない。

このことを知ってから、私はますます彼のファンになった。

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