青春コンプレックスの辛さを克服する方法

青春コンプレックスが辛い……。

そう嘆く人は世の中に多く存在する。

彼等は自分の青春時代を後悔し、青春を謳歌できなかった自分を責め続けている。

実態のない過去に縛られる青春コンプレックスは、数あるコンプレックスの中でも特に辛いものだ。

かくいう私自身も、この青春コンプレックスに非常に苦しめられてきた。

【「自分で決断する」ことは人生で一番大切なことである】で話したように、私は高校を中退している。

そのせいで、街で制服姿の学生を見ると、無意識に気分が落ち込んでしまう。

高校時代から10年以上経っているにも関わらず、未だにその気持ちは晴れない。

何年経っても自分の心につきまとう青春コンプレックスとは、本当に厄介なものである……。

しかし、何度もこの青春コンプレックスと対峙するにつれ、ようやく青春コンプレックスの見方を変えることができた。

今回は、私と同じく青春コンプレックスが辛いと悩む人へ、少しでも気持ちが楽になれるように、その克服方法を伝授したい。

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青春コンプレックスの原因

まず初めに、青春コンプレックスとは何故起こるのかを説明する。

恐らく、多くの人が思い浮かべる青春とは、中学~高校までの時期ではないだろうか。

大学もれっきとした青春時代ではあるのだが、何故か大学生を見ても青春コンプレックスは刺激されない。

私はこのことを疑問に思い、そのことを深く考えた。

すると、中学生・高校生と大学生では、決定的に違う部分があることに気づいたのだ。

それが「制服」である。

制服とは学生であることの象徴であり、いわば青春時代を表す記号だ。

そのため、制服姿の学生を見ると、私達は瞬時に自分の青春時代を連想してしまうのである。

実はこのメカニズムにこそ、青春コンプレックスの正体が隠されている。

その正体とは「学生時代は青春するべきだ」という囚われである。

私達の頭には「中学生・高校生には青春はつきもの」という固定観念が共有されている。

それは恋愛ドラマや漫画などの影響もあるだろうが、やはり一番の理由は「制服姿」という限られた時期だからだろう。

制服を着られる時期が限られているからこそ、その時期は尊いものだ、と強く認識してしまうのだ。

つまり、この固定観念の囚われこそが青春コンプレックスを生み出しているのである

自分の思い描いた「理想の青春時代」と青春を謳歌できなかった「現実の自分」、その両者のギャップに劣等感が強く刺激されるのだ。

もし、海外の学生のように、学生の服装が「制服」ではなく「私服」であれば、ここまで青春コンプレックスが刺激されることはなかっただろう。

本来、制服とは格差をなくために作られた服なのだが、皮肉なことに、それが青春時代への囚われを一層強くしている。

青春コンプレックスが辛いと悩む人は、まずはこのことを頭に入れておいてもらいたい。

青春時代に対する幻想

前項では、青春コンプレックスとは青春に対する囚われが原因だと話した。

そのことで一つ、青春コンプレックスを克服するために知ってもらいたいことがある。

それは、現役の学生でも全員が青春を謳歌しているわけではない、ということだ。

少し考えればわかることだが、この事実は青春コンプレックスを持っている人はつい見落としがちだ。

もう忘れてしまったかもしれないが、学生時代とは常に楽しいことばかりではない。

むしろ、感性が多感な分、大人にとっては大したことがない悩みでも深刻に捉えてしまいがちである。

漠然とした焦燥感に駆られたり、物事が思うようにいかなくてイライラしたり、不安で心が押し潰されそうになったりする。

どれも青春時代の特徴だ。

中には、将来のために友情や恋愛を捨て、青春の全てを勉強や部活動に費やす者もいる。

世間が思い描く「甘酸っぱい青春」とは大分かけ離れているが、本人にとってはれっきとした青春なのである。

もしかしたら将来、彼等はそのことをを後悔する日がくるかもしれない。

だが残念ながら、青春とは後から「あれが自分の青春だった」と分かるものであり、現在進行形で青春の尊さを理解できる者などそうはいない。

そもそも、世間ではなぜ「青春=楽しい」というイメージがあるのだろうか。

それは、やはり恋愛ドラマや漫画など、メディアの影響によるものだろう。

あそこに描かれているものは、まさに私達が思い浮かべる青春そのものであり、羨むのも当然だ。

だからこそ、あれを「普通」だと思ってしまえば、余計に「青春とはこうあるべきだ」という囚われが強くなる。

だが、考えて欲しい。

本当にあのような青春を送っている人が多いのなら、そもそも青春物の作品に需要などないはずだ。

その証拠に、近年大ヒットした『君の名は。』は、現役の中学生・高校生に絶大な支持を得ている。

同じ年代ゆえに主人公やヒロインの気持ちに共感しやすい、という理由もあるだろうが、やはり根本的にはあのような恋愛に「憧れ」を抱いているからだろう。

このことからもわかるように、現役の学生にも青春を謳歌できていない人は山ほどいるのだ。

今は後悔に苛まされいるから学生時代に幻想しか抱けないだろうが、実際の学生生活の大半は何もない平凡な日々である。

ドラマや漫画などは、楽しいシーンだけを切り抜いているからこそ、面白く感じるのだ。

現実では、あのように毎日何かしらのドラマが起こるわけではない。

そのことを、青春コンプレックスが辛いと感じる人は心に留めてほしい。

青春コンプレックスの辛さは永遠ではない

青春コンプレックスがある人は、このことで永遠に悩み続けなければいけないのか……。

そう不安になる人もいるだろう。

過去の私もそうだった。

他のコンプレックスなら、代わりの物で補うという方法もあるが、青春コンプレックスは過去に対する劣等感であり、変えることができない。

だからこそ余計に後悔の念が押し寄せてくる。

しかし、その不安は杞憂である。

そのことに気づいたきっかけは、以前、私がアルバイトで知り合った年配の男性と青春について語り合った時のことだ。

その男性も「自分には青春が全くなかった」と言っていたので、私は彼に「青春時代をやり直したいと思わないか」と尋ねてみた。

しかし、彼は意外にも「青春時代をやり直したいとは思わない」と答えたのだ。

私は彼の言葉に驚き、その理由を尋ねてみた。

すると、彼は「もう一度やり直すのが面倒だから」と答えた。

補足しておくと、この男性は還暦を過ぎており、金銭的に余裕がなく、毎日の生活費を稼ぐことに追われている身だ。

にも関わらず、過去に戻って青春時代をやり直すことを拒んでいるのである。

どう考えても今の現状に満足しているようには見えないのに……彼はなぜ青春をやり直したいと思わないのか。

私はこの時悟ったのだ。

青春をやり直したい、と思うことには「気力」が必要なのだと。

その「気力」が枯れてしまえば、自然と青春コンプレックスも薄れるのだ。

言い換えれば、それは「諦めの境地」と言ってもいいだろう。

恐らく、この男性にとっては、青春コンプレックスよりも目先の生活の方が重要なのだ。

この事実は、私の心に多大な衝撃を及ぼした。

永遠に悩まされると思っていた青春コンプレックスが、実はそうではなかったからだ。

ある「時期」になれば、誰でも必ずこの男性のような心境になる日がくる。

もちろん、その時期は人によって異なるが、どんなに強い青春コンプレックスを持っていたとしても、その気持ちはいつか必ず薄らいでしまうのだ。

ある人は、社会人になったことで毎日の仕事に追われてそれどころではなくなったり、またある人は、子供ができたことで育児に追われて考える余裕がなくなったりと、青春コンプレックスよりも優先しなければならない問題が生じれば、自ずと考える回数は減ってくる。

そんな日常的な問題でなくても、将来、自分が老後になった時、体が言う事を聞かなくなれば青春コンプレックスなど些細な問題となるだろう。

悲しいことだが……これは誰もが通る道だ。

逆にいえば、青春コンプレックスが辛いと感じるうちは、それだけまだ精神に「余力」が残されている証拠である。

その余力があるうちは、青春のやり直しは十分可能だ。

私が出会った男性のように、気力が枯れてしまえば、あとは余生を黙々と過ごすだけになってしまう……。

どうか、自分にはまだ青春をやり直せる気力があることを、誇りに思ってもらいたい。

そのことを踏まえて、具体的にはどのようにしたら青春コンプレックスと上手く向き合っていけるのか。

次項では、そんな青春コンプレックスの克服方法を伝授する。

青春コンプレックスの克服方法

青春コンプレックスの克服方法はたった一つしかない。

ネットで悩み相談のサイトを見ると、青春コンプレックスについて色々とアドバイスをしている人がいるが、私からすればどれも綺麗事である。

そんな綺麗事では、この青春コンプレックスは克服できない。

逆に言えば、私が今から言うことを成し遂げれば、必ず青春コンプレックスは克服できると断言する。

では、その方法を伝授しよう。

その方法は、自分が「幸せ」になることだ。

【「人生をやり直したい」過去の後悔を消す方法】でも話したが、人は、今「幸せ」になりさえすれば、自分の過去を認めることができる。

どんなに過去を後悔していたとしても、この法則は絶対である。

あの頃があったから今の幸せがある、そう思えるようになるからだ。

中には、「そんなことはない! 今が幸せでも青春コンプレックスは消えない」と反論する人もいるだろう。

しかし、それは人生の真理を理解していないからこそ、そう思うのである。

人生とは、たった一つの道しか選べない。

もし仮に、あなたが今幸せだとしたら、それは過去の青春コンプレックスの辛さを味わったからこそ、今の幸せに辿り着けたのである。

学生時代も青春を謳歌し、尚且つ今の状態であることは絶対にありえない。

もしかしたら、青春時代を謳歌したことで、逆に今の現状は不幸せになっていた可能性さえある。

そのことを理解すれば、青春コンプレックスを必要以上に悲観する必要は全くないことに気づくはずだ。

なぜなら、青春コンプレックスを克服し、青春をやり直すことは今からでも十分間に合うからだ。

青春コンプレックスに悩む人の中には、「過去に青春を謳歌できていれば、今頃は幸せだったのに……」と思っている人もいるだろう。

だが、それは間違いだ。

今「幸せ」じゃなければ、仮に青春時代を謳歌していたとしても、人生の幸福度は高くはならない。

むしろ、なまじ青春時代を謳歌していた分だけ「今と比べてあの頃は楽しかった……」と過去の栄光に縛られることになる。

もちろん、理想は青春時代も謳歌し、今も幸せであることが望ましいが、そんな人は全体の一割もいないだろう。

もし仮に、そんな人がいたとしても、それは【挫折は早いうちに経験した方がいい理由】で話したように、その人の人間性が薄くなる可能性が高くなる。

そうなってしまったら、あなたの人生においては青春コンプレックス以上に重大な損失である。

あなたが青春コンプレックスが辛いと嘆く気持ちは、私も重々理解している。

しかし、再度言うが、大事なのは過去よりも「今」なのである。

前項でも話したように、ある時期になれば「青春をやり直したい」という気持ちさえなくなってしまう。

だからこそ、気力があるうちは、青春コンプレックスを克服するために「今を幸せにすること」だけに専念してもらいたい。

過去の青春時代を後悔するのは、自分の気力がなくなってからでも遅くはない。

あなたにはまだ青春をやり直せる気力が残っている。

どうか、その気力を過去ではなく未来に向けて欲しい。

あなたが一日でも早く青春コンプレックスの辛さを克服できることを、私は切に願っている。

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