私の知人に新卒(2018年)で社会人になったばかりの者がいる。(以降Iと呼ぶ)
先日、そのIと久々に会ってきた。
久しぶりに見たIの姿は、学生の頃とは見違えるほどに太っており、顔つきもどこか険しくなっていた。
話を聞くと、どうやらIの入社した会社はブラック企業のようなのだ。
先輩や上司からの暴言・パワハラは毎日のように行われ、すでに半年で新入社員は半分も辞めているとのこと。
【体験談】新卒で入社した会社がブラック企業だった話でも話したが、私も過去にブラック企業に入社した経験がある。
そのため、Iの境遇は他人事とは思えず、私は熱心にIの話に耳を傾けた。
きっとIはさぞかし辛い気持ちを抱えているのだろう……。
当時の私の心境を重ね、私はIをどうにか励ましてやりたいと考えた。
しかし、私の思惑とは裏腹に、Iは全く意に介していなかったのだ。
それどころか、さらに仕事にやる気を出している始末である。
そんなIを見て、私は世の中には同じ境遇でも「頑張れる人」と「頑張れない人」がいるのだと改めて実感させられた。
一体、頑張れる人と頑張れない人の違いは何なのか。
今回は、私が気づいた「頑張れる人」と「頑張れない人」の違いについて語りたい。
過去の実体験からくる心境の違い
頑張れる人と頑張れない人の違いで、まず大きな違いは過去の実体験である。
人には過去の経験から未来を見据える習性がある。
それが事実と異なっていたとしても、いい意味でも悪い意味でも信じ込んでしまうのだ。
頑張れる人は、過去に「頑張った末に結果が出た」という体験をしている。
その一方で、頑張れない人は「頑張ったのに結果が出なかった」という挫折経験をしていることが多い。
この違いが、頑張ることに未来への希望を持たせるか、絶望を与えるかを分けるのだ。
冒頭で話したIも、「頑張った末に結果が出た」という経験をしていた。
彼は大学時代、陸上部に所属しており、大会で賞を受賞していたのだ。
話を聞くに、当時はそれこそ毎日のようにハードな練習を積んでいたらしい。
それだけに、結果が出た時は物凄く嬉しかったようだ。
その経験が、彼に頑張らさせる気力を沸き起こさせているのである。
途中は辛くても、「頑張れば最後には必ず結果が出る」とわかっていれば、大抵の人は頑張れるはずだ。
しかし、「頑張っても結果が出なかった」という経験を持つ者は、頑張ることに意味を見出せなくなってしまう。
過去には頑張れる人と同じように未来に希望を抱いていた人でも、挫折という苦境の前ではその気力が保てなくなってしまうのである。
これが頑張れる人と頑張れない人の大きな違いだ。
こう比べると、頑張れる人と頑張れない人では、心理的に大きな違いがあることがわかる。
頑張れない人が気落ちしてしまうのも無理はないのかもしれない……。
ただし、これは「現段階」の話であって、頑張れる人が今後も同じ心境のままでいられるとは限らない。
なぜなら、頑張れる人が「頑張れば必ず結果が出る」と信じることは、言い変えれば「頑張っても結果が出ないこともある」ということを体感していない、ということだからだ。
【挫折は早いうちに経験した方がいい理由】でも話したが、人は生きていればいつか必ず挫折を味わうことになる。
それが早いか遅いかは人によって違うが、得てして学生という身分は社会人に比べて本当の挫折を味わいにくい環境だ。
そういう意味では、学生時代に「頑張っても結果が出なかった」という挫折を味わっていることは、社会への耐性がついているとも言える。
反対に「頑張れば結果が出る」ということしか味わってこなかった人は、今後挫折を味わった時に、自分の価値観が崩壊してしまう危険性もあるのだ。
Iにしても、今年新卒で社会人になったばかりなので、今後も今の心境のままでいられるかはわからない。
もしかしたら、いずれ「頑張れない人」になってしまう可能性もある……。
そう考えれば、頑張れない人の過去の挫折経験は、一概に悪いとは言えないはずだ。
頑張っていることに意味を見出せているかの違い
次に、頑張れる人と頑張れない人で違うところは、今頑張っていることが「自分の目標」と一致しているかどうか、ということである。
当然のことだが、自分の夢や目標と一致している人は「頑張れる人」である傾向が高い。
実際、私の周りを見ても、頑張れる人のほとんどが、今頑張っていることと自分の夢や目標が一致していた。
今回のIを例に挙げると、Iには「年収1000万円を得る」という目標があった。
Iの会社はブラック企業ではあるが、給料自体は高いようなのだ。
すでに先輩社員は何人も年収1000万円に到達しているらしく、決して不可能な目標ではないとのこと。
こうした夢や目標を持っていると、人は辛い境遇にも耐えられるのである。
もちろん、それには今頑張っていることが自分の夢や目標と一致していることが前提条件だ。
たとえ給料が高くても、イラストレーターになりたいと思っている人が営業職は頑張れないし、低賃金でも自分の時間を優先したいと思っている人には激務な仕事は耐えられないだろう。
このように、頑張れない人というのは「自分の目標」と「頑張っていること」が一致していないことが多い。
しかし、多くの頑張れない人はこの事実に気づいていない。
自分の夢や目標とかけ離れているために頑張れないことを、ただ自分が駄目な人間だと決めつけてしまうのである。
本当は頑張れる人間かもしれないのに、これは本当にもったいないことだ。
だからこそ、自分が本当は何を求めているのかを具体的に知らなければならない。
それを把握していれば、自分の人生には何を頑張る必要があるのかが見えてくる。
自分が何を求め、何を頑張る必要があるのか、それをいち早く知ることが人生を充実させる秘訣である。
自分は頑張れない人間だと思っている人は、一度そのことをじっくりと考えてみてほしい。
頑張ることを楽しんでいるかの違い
最後になるが、頑張れる人と頑張れない人の違いは、頑張っていることを「楽しんでいる」かどうか、ということである。
実は、これこそが頑張れる人と頑張れない人の決定的な違いだと私は思っている。
人が頑張れる理由というのは、何だかんだ言ってもそれが好きだからである。
好きでないものは続かない。
これが人間の真理である。
周りからすれば「頑張っている」ように見えても、本人からすれば「楽しい」からやっているだけ、ということは多々ある。
もちろん、好きの度合いには個人差があるが、長く続けられることにはその人にとって必ず何かしらの楽しみがあるものだ。
今回のIの件で言えば、Iはビジネスマンとして働いている自分の姿が好きなのである。
Iは学生時代から「ビジネスマンになりたい」と常々語っていた。
仕事柄、お金持ちや権力者と接する機会の多いIは、それだけで日々の生活に充足感を得ているのである。
端から見ればただのブラック企業でも、Iからすれば楽しめる要素が含まれている価値のある会社なのだ。
Iのように、頑張っていることに楽しさを見出すことができれば、自然と頑張れる人間になれる。
それにはやはり、自分の好きなことに時間を割くべきだ。
【「好きなことを仕事にする」が正しい理由】でも話したが、好きなことを仕事にしている人は、そうでない人に比べて格段に幸福度が高い。
一日の大半を好きなことに捧げられるのだから当然だろう。
頑張れないと悩んでいる人は、まずは今やっていることに何かしらの楽しさを見出せないか、もう一度考えてもらいたい。
もちろん、全部を楽しむ必要はない。
一つでも楽しいと思える部分があればそれだけで十分だ。
それでも、どうしても楽しさを見出せないと感じるならば、それはあなたには不向きな分野と言えるだろう。
そのままその分野を続けていても、頑張れる人には永遠になることはできない。
その時は、方向転換を視野に入れることも大切である。
「頑張る」を正しく認識することの大切さ
ここまで話してきた通り、頑張れる人と頑張れない人には明確な意思力の違いがある。
それは個人の資質とは関係なく、主に外的要因が起因している。
つまり、正しい認識をすれば誰でも「頑張れる人」になれる可能性があるということだ。
自分は頑張れない人間だと思ってる人は、もう一度今回話してきた内容を思い返してもらいたい。
もしかしたら、それはあなたのせいではなく、頑張る方向性が違うだけかもしれないのだから。
ただし、注意してもらいたいのは頑張れる人間が偉いわけではないということだ。
世の中の大半の人は、頑張ることを「美しい」と思っている傾向があるが、それは間違いだ。
「闇雲に頑張ればすべてが報われる」などという価値観は、絶対にあってはならないことである。
その価値観のせいで、時に人は自分を必要以上に責めてしまう。
それは最悪の場合、その人の人生さえ終わらせてしまう危険性があるのだ。
実は、その影響を最も強く受けるのが「頑張れる人」なのである。
さんざん頑張れる人と頑張れない人の違いを話してきたが、頑張れる人にはもう一つタイプがある。
それは頑張れてしまう性質を持つ人だ。
本当は自分の許容量を超えた無理なことでも、頑張れてしまう性質を持つために無理やり続けてしまうのである。
同じ頑張れる人でも、能動的に頑張る人と強引に頑張る人では180度意味合いが違ってくる。
頑張れてしまう人は、よく言えば我慢強い性質とも言えるが、単に自らを苦しませる自虐体質とも言える。
このタイプが最も不幸になりやすい。
頑張って報われるのは、頑張った先に「自分の幸せ」がある時だけだ。
方向性の違う頑張りは、頑張れば頑張るほど、どんどん自分を苦しませる羽目になる。
大事なことは、その頑張りが自分の幸せに直結しているかどうかを見定めること。
もし、あなたが自分のことを頑張れない人間だと思うなら、それは自分の「心の声」に敏感な証拠である。
頑張れてしまう人間は、自分の「心の声」に鈍感だからこそ、頑張れてしまうのだ。
頑張れないことを悲観せず、頑張れないからこそ自分が幸せになれる道を探せる、と思い直すべきである。
どうか、頑張ることの意味を誤解せず、正しい頑張りをしてほしい。
一日でも早く、あなたが自分の幸せに直結する「頑張れる道」を見つけられることを願っている。